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1 小雨のサンクルー競馬場 

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梅田のシャンソニエで、『詩人の魂』を唄っているのは、関西シャンソン界の大御所Мさんだ。オレの横で、聴いているのだか眠っているのだかわからない、酔っ払いカメラマンよりもひと回りほども年上のマダムである。
 低音のよく響く、ささやくようなシャンソンは、ほどよく酔っている身にとって心の底に響こうというものだ。なのに、酔っ払いカメラマンは、時折頭をもたげて、となりの淑女カメラマンになにやら訳のわからないことをぼそぼそ話すものだから、オレは店のマネージャーにしこたま嫌味をいわれる始末だった。
 ♪ 今日もパリは雨ね この雨には泣かされるわ
   今日限りパリの空も しばらくはお別れよ ♪ (訳詩・矢田部道一)
Мさんが『リヨン駅』を切々と唄い出したとき、オレは、小雨に煙るパリのサンクルー競馬場を思い出していた。
テレビの映像カメラマンであるオレは、その日の仕事にとりかかる前、ガラス張りレストランのかぶりつきで、最高級のフィレミニオンを食し、シャトー・レヴァンジルなるヴァン・ルージュを舐めながらふと下を見ると、ゴール前でカメラをぶらさげたオヤジが目に入った。
この男こそ、のちに、夜中の三時、四時までつきあうことになる酔っ払いカメラマンであった。屈指の競馬カメラマンであるこの男とは、アドマイヤドン、サイレントディールが出走したドバイのナド・アリシバ競馬場でもあいま見えた。見た目、どうも怖そうなのでオレは声をかけることができなかった。あとで聞いたところによると、ハーツクライが参戦したキングジョージ6世&クイーンエリザベスDSの当日にもロイヤルアスコットにいた、ということだった。が、さいわい?顔を合わせることはなかった。
さて、サンクルー競馬場である。
「サンクルー大賞典」が始まる頃には雨が激しくなってきた。
ゴール前付近はおろか、柵沿いの観客席には人っ子ひとりいない。オレは申しわけ程度にしつらえられたゴール板前のカメラ席でENGカメラをセットした。くだんのカメラマンは別の場所に陣取っているのか、姿は見えない。
2400メートルのスタートは、おむすび型になっているコースの右辺である。
オレはエクステンダーをかけたレンズを一団となった6頭の馬群にむけた。お目当ては、青と橙色の勝負服だ。ハリケーンランという。10月の「凱旋門賞」で、ディープインパクトと戦うことになるヨーロッパの強者である。
4コーナー手前、先行集団につけていたハリケーンランが動いた。オレは馬群をフレームのなかで追った。4コーナーにさしかかったとき、ハリケーンランは先頭に出た。「仕掛けが早いぞ!」ファインダーを覗きながらオレは思った。
だが、後続馬群を置き去りにして、ハリケーンランは悠然とゴールを目指した。いや、キーレン・ファローン騎手は、うしろから来るクリストフ・ルメール騎乗のプライドを恐れたかもしれない。あとゴールまで1ハロンちょっと、案の定、プライドが猛然とハリケーンランに迫ってきた。ハリケーンランもさるもの、必死の逃げ込みをはかる。
最後の一完歩、ルメールのひとムチに応えてプライドはハリケーンランに並んだ。オレはプライドが差しきったと確信した。差はクビほどであったが、こういう負け方は馬が惨めに見えるものである。それほど悲観するほどのことでないのかもしれないが、1コーナーにむかって流していくハリケーンランの姿がヤケに悄然として見えたものだった。
それに引き換え勝ったプライドは、超美人騎乗の誘導馬と二騎並んで一コーナーからオレの方にゆっくりと歩いてきた。オレは笑顔のルメールなどそっちのけで、そのパリジェンヌに見惚れて延々とカメラを回し続けた。
雨に濡れた緑の木々を背景に、しっとりと浮かび上がってくるようなこんなショットは日本の競馬場では決して見られないものだ。エレガント、そのひと言に尽きる。すなわち、そのことがフランスのみならずヨーロッパ競馬の古い歴史と、伝統の奥深さを否応なく感じさせるのである。わが日本の、滅びと儚さを美とする文化に比べて、重厚な歳月の石で構築された揺るぎなき欧州文化の深遠、優雅さは圧倒的である。



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「サンクルー大賞典」から三ヶ月後の「凱旋門賞」で、プライドは猛然と追い込み、レイルリンクの微差2着と健闘したのは諸兄諸姉の知るところである。ハリケーンランはまたもやプライドの後塵を拝して4位で入線したが、のち、ディープインパクトの薬物疑惑により3着に繰り上がった――この薬物疑惑をめぐる日本の競馬ジャーナリズムの報道に大いに疑義があるが、いずれ、そのことに触れることもあろう――。
ふと見れば、かの男が肩からカメラをぶら下げて4コーナーへと歩いて行くところだっ
た。その後姿に、えも言われぬ哀愁の風情が滲んでいるのをオレは意外な思いで見つめた。 
小糠雨降るパリの競馬場で、愁いとともにダンディズムが男のからだから匂い立っているのだった。強面でニヒルを絵に画いたような男の風貌が、ヨーロッパの古都の風韻に適うのであろうか。もちろん、大まけにまけてオレはいっているのだけれど。
それにしても、モーリス・ロネやジャン=ポール・ベルモンドと見紛うあのサンクルー競馬場のニヒリストが、大阪の夜の底のどんづまりで、なぜ酔っ払いカメラマンに大変身するのであろうか。不思議である。                   (了)
 
南都魔王



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