FC2ブログ

スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

Mr.N 

2012年5月27日いよいよその瞬間が来た、ダービーは毎年、祐一の騎乗する馬の単勝馬券をポケットに忍ばせ観戦するのが僕のルールだ。残念ながら今まで1度も払い戻されることはなかった、だが今年は違う。ディプインパクトという最高の遺伝子を持つワールドエースと洋一という最高の遺伝子を持つ祐一がダービーの頂点に輝くに違いない、父洋一が府中のターフに忘れてきたダービーのタイトルを長い歳月をかけて、祐一が手中に収める、競馬とはブラットスポーツだ。

スポンサーサイト

9 芦毛伝説~逃げろホクトスルタン~ 

hokuto.jpg


第139回春の天皇賞は混戦模様だ。
 京都記念、阪神大賞典を連勝したアサクサキングスが一番人気(5月1日現在)であるが、昨年のジャパンカップの覇者スクリーンヒーロー、日経賞で重賞レースに初勝利したアルナスライン、香港ヴァーズ3着のジャガーメイルなど、多士済々である。
 さらに、産経大阪杯でディープスカイを屠ったドリームジャーニー。4歳馬ではダイヤモンドSを勝ったモンテクリスエス、ヒカルカザブエにも目を離せないし、古豪、デルタブルース、ポップロックの走りも注目したいところだ。
 アサクサキングスが頭ひとつ抜けてはいるが、前記の馬たちの間隙を衝いて、オレは芦毛の逃亡者に熱い思いを寄せている。
 ホクトスルタン。メジロマックイーン産駒(母の父サンデーサイレンス)である。
 競馬は馬券のみならず、ロマンなどといわれる。だが、オレはこのロマンという言葉が気に入らぬ。いつの頃、誰がいったのか、ロマンという珠玉の言葉が競馬世界に持ち込まれ、いつしか手垢がつき、泥まみれになってしまった感がある。
しかしである。今回、ホクトスルタンに脈々とつながってきた血の物語にオレは魅せられている。たゆまず努力をつづけた人間の営みがそれを支えてきたのはいうまでもない。馬と人の刻苦の歴史をロマンというならば、オレは、白い逃亡者ホクトスルタンにそれを託したい。
伏兵的存在ながら、彼には親子4代天皇賞制覇の偉業達成がかかっているのだ。父メジロマックイーン死したいま、もう時間がないのである。
屈指のオーナーブリーダーであるメジロ牧場は、メジロアサマ(父パーソロン、母スヰート)、メジロティターン(父メジロアサマ、母シェリル)、メジロマックイーン(父メジロティターン、母メジロオーロラ)親子3代にわたる天皇賞制覇をなしとげた。
オーナー北野豊吉氏は、スピード重視の競馬よりも、長距離適性の競走馬の生産に力を注ぎ、「長距離のメジロ」として多くのファンをひきつけたその競馬哲学ともいうべきものは称賛されて余りある(もちろん、現在は長短バランスをとった生産が行われている)。
オーナーは1964年、アイルランドから輸入されたパーソロンをスヰートにつけた。当初、短距離血統ではないかと思われたパーソロンは、70年、スヰートの仔メジロアサマが3200メートルの秋の天皇賞を勝ったことから、距離適性に対する先入観を覆した(のち、日本ダービー馬サクラショウリ、三冠馬シンボリルドルフを輩出)。
現役引退後、メジロアサマはパーソロンの後継種牡馬として期待されたが、初年度は受胎0頭という悲惨な状況であった。牧場サイドはさまざまな治療を施し、根気強く牝馬に種付けを試みた。77年、乾坤一擲、フランスから「オペラ賞」を勝った良血牝馬シェリルを購入したことが、牧場にとってもメジロアサマにとっても一大転機となった。
シェリルから産まれた仔が、82年天皇賞馬メジロティターンである。
メジロアサマ産駒はわずか19頭であるが、天皇賞馬を輩出し、さらに、ティターンとメジロオーロラのあいだに産まれた仔(孫)がメジロマックイーンであるのは、読者諸氏はご存知のことであろう。
メジロマックイーンは祖父、父の物語を引継ぎいで、菊花賞、宝塚記念、天皇賞(春2回)に優勝し競馬ファンのアイドル的存在となった。
だが、現役を退いて、社台スタリオンステーションで種牡馬として繋養されたが、期待されたほどの産駒を出すことができなかった。
4、5年前、オレは3代にわたる「芦毛伝説」の取材で、洞爺湖畔にあるメジロ牧場を訪れたことがあった。前記したメジロアサマの種付けの苦労話を懇切丁寧に説明してくださった。従業員の方々は礼儀正しくとても親切で、悠々たる余生を送っているティターンをわざわざ放牧地まで連れ出し、撮影の労を執ってくれたりした。
目の前に羊蹄山が紫色を帯びて聳え立ち、洞爺湖は白雲を湖面に映して静かだった。
 
 北海道・浦河の牧場地帯はしとしと降る雨に煙っていた。
オレがメジロマックイーンに会ったのは、その年の6月頃のことであったろうか。
 社台スタリオン荻伏に移動したメジロマックイーンは、そぼ降る雨に打たれて静かに佇んでいた。芦毛独特のまばら模様はすでになく、全身真っ白であった。
 現役時代の精気はすっかり消え、微動だにせず目を細めたマックイーンは瞑想に耽っているかのようだ。三代の「芦毛伝説」の掉尾を飾った「史上最強のステイヤー」は、賢者のようにも見え、悲嘆に暮れているようにもオレには見えたのだった。
 メジロマックイーンは、それからしばらくした06年心不全のため死亡した。
 ホクトスルタンよ。
 親子4代の天皇賞制覇の偉業を見せてはくれまいか。黄泉の国に旅立った父のためにも新たな伝説を語ってくれ。生産者も馬主も違うけれど、メジロ3代の血脈を継いだ「北斗の君主」よ、いまこそ、そのたぐい稀なるステーヤーの血を開花させるときだ。
 水曜日の調教も上々、馬体も大幅良化とのこと。先週のフローラSで、メジロマックイーン産駒ディアジーナが圧勝した。
その勢いを駆って、逃げろ、スルタン。                (了)


南都魔王
 
 


 

1 小雨のサンクルー競馬場 

image01


梅田のシャンソニエで、『詩人の魂』を唄っているのは、関西シャンソン界の大御所Мさんだ。オレの横で、聴いているのだか眠っているのだかわからない、酔っ払いカメラマンよりもひと回りほども年上のマダムである。
 低音のよく響く、ささやくようなシャンソンは、ほどよく酔っている身にとって心の底に響こうというものだ。なのに、酔っ払いカメラマンは、時折頭をもたげて、となりの淑女カメラマンになにやら訳のわからないことをぼそぼそ話すものだから、オレは店のマネージャーにしこたま嫌味をいわれる始末だった。
 ♪ 今日もパリは雨ね この雨には泣かされるわ
   今日限りパリの空も しばらくはお別れよ ♪ (訳詩・矢田部道一)
Мさんが『リヨン駅』を切々と唄い出したとき、オレは、小雨に煙るパリのサンクルー競馬場を思い出していた。
テレビの映像カメラマンであるオレは、その日の仕事にとりかかる前、ガラス張りレストランのかぶりつきで、最高級のフィレミニオンを食し、シャトー・レヴァンジルなるヴァン・ルージュを舐めながらふと下を見ると、ゴール前でカメラをぶらさげたオヤジが目に入った。
この男こそ、のちに、夜中の三時、四時までつきあうことになる酔っ払いカメラマンであった。屈指の競馬カメラマンであるこの男とは、アドマイヤドン、サイレントディールが出走したドバイのナド・アリシバ競馬場でもあいま見えた。見た目、どうも怖そうなのでオレは声をかけることができなかった。あとで聞いたところによると、ハーツクライが参戦したキングジョージ6世&クイーンエリザベスDSの当日にもロイヤルアスコットにいた、ということだった。が、さいわい?顔を合わせることはなかった。
さて、サンクルー競馬場である。
「サンクルー大賞典」が始まる頃には雨が激しくなってきた。
ゴール前付近はおろか、柵沿いの観客席には人っ子ひとりいない。オレは申しわけ程度にしつらえられたゴール板前のカメラ席でENGカメラをセットした。くだんのカメラマンは別の場所に陣取っているのか、姿は見えない。
2400メートルのスタートは、おむすび型になっているコースの右辺である。
オレはエクステンダーをかけたレンズを一団となった6頭の馬群にむけた。お目当ては、青と橙色の勝負服だ。ハリケーンランという。10月の「凱旋門賞」で、ディープインパクトと戦うことになるヨーロッパの強者である。
4コーナー手前、先行集団につけていたハリケーンランが動いた。オレは馬群をフレームのなかで追った。4コーナーにさしかかったとき、ハリケーンランは先頭に出た。「仕掛けが早いぞ!」ファインダーを覗きながらオレは思った。
だが、後続馬群を置き去りにして、ハリケーンランは悠然とゴールを目指した。いや、キーレン・ファローン騎手は、うしろから来るクリストフ・ルメール騎乗のプライドを恐れたかもしれない。あとゴールまで1ハロンちょっと、案の定、プライドが猛然とハリケーンランに迫ってきた。ハリケーンランもさるもの、必死の逃げ込みをはかる。
最後の一完歩、ルメールのひとムチに応えてプライドはハリケーンランに並んだ。オレはプライドが差しきったと確信した。差はクビほどであったが、こういう負け方は馬が惨めに見えるものである。それほど悲観するほどのことでないのかもしれないが、1コーナーにむかって流していくハリケーンランの姿がヤケに悄然として見えたものだった。
それに引き換え勝ったプライドは、超美人騎乗の誘導馬と二騎並んで一コーナーからオレの方にゆっくりと歩いてきた。オレは笑顔のルメールなどそっちのけで、そのパリジェンヌに見惚れて延々とカメラを回し続けた。
雨に濡れた緑の木々を背景に、しっとりと浮かび上がってくるようなこんなショットは日本の競馬場では決して見られないものだ。エレガント、そのひと言に尽きる。すなわち、そのことがフランスのみならずヨーロッパ競馬の古い歴史と、伝統の奥深さを否応なく感じさせるのである。わが日本の、滅びと儚さを美とする文化に比べて、重厚な歳月の石で構築された揺るぎなき欧州文化の深遠、優雅さは圧倒的である。



image03


「サンクルー大賞典」から三ヶ月後の「凱旋門賞」で、プライドは猛然と追い込み、レイルリンクの微差2着と健闘したのは諸兄諸姉の知るところである。ハリケーンランはまたもやプライドの後塵を拝して4位で入線したが、のち、ディープインパクトの薬物疑惑により3着に繰り上がった――この薬物疑惑をめぐる日本の競馬ジャーナリズムの報道に大いに疑義があるが、いずれ、そのことに触れることもあろう――。
ふと見れば、かの男が肩からカメラをぶら下げて4コーナーへと歩いて行くところだっ
た。その後姿に、えも言われぬ哀愁の風情が滲んでいるのをオレは意外な思いで見つめた。 
小糠雨降るパリの競馬場で、愁いとともにダンディズムが男のからだから匂い立っているのだった。強面でニヒルを絵に画いたような男の風貌が、ヨーロッパの古都の風韻に適うのであろうか。もちろん、大まけにまけてオレはいっているのだけれど。
それにしても、モーリス・ロネやジャン=ポール・ベルモンドと見紛うあのサンクルー競馬場のニヒリストが、大阪の夜の底のどんづまりで、なぜ酔っ払いカメラマンに大変身するのであろうか。不思議である。                   (了)
 
南都魔王



image02



いよいよDT-club Web Shop OPEN! 

DT-club Web Shop
1月27日(火)ついにOPEN!

待ちに待ったDT-clubのWeb Shopがついにオープンします。

URLはhttp://www.dt-club.jp

まずは金杯でも販売したオリジナルTシャツとウオッカ、メイショウサムソンのキーホルダーが発売されます。
そのあともあっと驚くようなアイテムが続々と発売されますので
乞うご期待。

年度代表馬決定!! 

やったー!!
ついにやったー!

私の心の支えウオッカが念願の年度代表馬です。しかも最優秀4歳以上牝馬と二冠。
ライバルのダイワに圧勝!
ダイワが何もとれなかったのは少し残念な気がしますが、今年1年の活躍を考えればウオッカで順当でしょう。

今日は祝杯です。朝まで呑んでもかまいません。
39年間今までカントリー牧場の馬たちを応援し続けていて本当によかった。
今までで最も嬉しい日になりました。

→→→→→→→→→→→→私のブログもどうぞ競馬雑記帳

谷水オーナー、角居調教師、西山場長本当におめでとうございます。
北海道で見守っているタニノギムレットもさぞかし嬉しいことでしょう。

今年は海外を転戦するとのことですから、競馬場で応援することはできませんが、できればドバイにでも行きたいくらいです。
私が急に行方不明になったらきっとドバイにいますので、お願いですからそっとしておいてください。

何はともあれ本当によかった。よかった。よかった。

詳しくはJRAホームページhttp://www.jra.go.jp/news/200901/010601.html

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。